カウンター、対ヘイトスピーチ効いてきた 2014-08-15

カウンター、対ヘイトスピーチ効いてきた
2014-08-15

 ヘイトスピーチ(憎悪表現)に対して、安倍晋三首相が条件付きながら法規制に言及。差別扇動・排外集団に対する包囲網が狭まってきた。最近の川崎市や広島市内でのヘイトデモを見ても、1000人、2000人を動員したかつての勢いはない。13年から登場した各カウンター団体の息の長い取り組みがようやく実りつつあるようだ。このなかから代表的な4団体の素顔に迫った。

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「c・r・a・c」
 東京・新大久保でのデモ前後に同商店街を歩き回り、野放図に嫌がらせを繰り返してきたいわゆる「お散歩」行為を物理的というか、無理矢理止めた「レイシストをしばき隊」が母胎。

◆新大久保 「お散歩」追い出す
「民主主義を守る」の一念で

 東京・新大久保の路上で近隣の店や通行人に暴言を吐いたり、嫌がらせをするネット右翼の「お散歩」を邪魔しよう。野間易通さんが「隊員」を募集して「レイシストをしばき隊」を結成したのは13年1月のことだった。

 「しばき隊」はメンバー・シップ制。一般のカウンターとは一線を引いた。なぜなら、「カウンター・デモでも抗議行動でもありません。彼らが狭い商店街でそうした行動に出た場合、非暴力でいちはやく止めに入ること」と目的が明確だったからだ。プラカードなどの持ち込みも認めなかった。

 一方、「しばき隊」の過激さにはついていけないというカウンターは、横断幕やプラカードを掲げたり、風船を配ったりして抗議の意思表示をした。しばき隊は、これらあらゆるカウンターが乗り入れるプラットホームの役割も果たした。この結果、数カ月で新大久保での「お散歩」行為は完全に排除された。

 「ヘイトスピーチ」はマスコミにひんぱんに登場するようになり、13年の「流行語大賞」トップ10にノミネートされた。野間さんは「在特会がこんな酷いことをする団体なんだと知られるようになったのが、しばき隊のよかったところ」と振り返る。

 一方、マスコミでカウンター全体が「しばき隊」と総称されるようになったことは、野間さんの本意ではなかったようだ。

 「そうではないと何回も言ってきたが、イメージが固定化されてしまった。しばき隊はカウンターの一部でしかない。僕たちのやろうとしていることは街頭行動、言論、写真、アート、音楽、署名、ロビイング、イベント、学習会。そのほか必要なあらゆる方法で総合的にレイシズムに対抗するもの」

 「しばき隊の呼称は半分ふざけた感じがして、行政を相手に交渉するにも動きにくい」と、13年9月30日に「しばき隊」を解散。同年10月1日には新たな団体「カウンター・レイシスト・アクション・コレクティブ(略称c・r・a・c)」を旗揚げした。

 13年は新大久保で毎週のように排外デモが繰り返され、その都度、カウンターとして出動を続けた。怒りの原動力はなんなのか。

 「自分たちが多数派であることをいいことに、日の丸をバックに『在日特権』といった実体のない概念をねつ造して、特定のエスニック・マイノリティーの社会的地位をおとしめる行為を繰り返している。それ自体が民族的憎悪を扇動する表現=ヘイトスピーチであり、差別行為そのもの。アンフェアだし、単純にむかつく。調子に乗んなよ、ですよ」

 ネット上でコピー&ペーストされ、拡散される『在日特権』に関する様々な言説は、ほとんどが事実無根のデマゴギーか、あるいは事実の断片だけをつなぎあわせ、存在しない事実にフレームアップするというかたちでのネガティブ・キャンペーンでしかない。しかし、デマを信じたい人々によるじゅうたん爆撃のような情報拡散の前にそれもかすんでしまう。

 カウンター勢力からも「私は特定の誰かの味方をしたいわけではない。ひどい差別にも、在日特権にも反対し、あらゆる不正を許さないだけだ」という一言を聞いた。野間さんはこれこそが「ヘイト」の威力だという。

 どうしたらいい、なにをすればいいのか。具体的になにができるのかを考えたとき、「お散歩」だったら止められるんじゃないかと思った。

 「目の前に行って文句を言いたかった。それならできそうというより、これを優先しようと決意した」「みんなで少数をいじめているのは大嫌い。韓国の悪口を言うならともかく、日本で普通の生活をしている在日コリアンを罵倒して溜飲をさげている。そういうのはいっさい許す理由がない。日本の民主主義の危機。粉砕ですよ。圧倒的多数のマジョリティー自らが解決しなければならない課題」

 野間さんは「行動する保守」を標榜するヘイト側を「革新勢力」と呼び、自らは「戦後民主主義を守っている保守派」と称する。「日本は戦後、リベラルな民主主義国家としてやってきた。それを根底から壊すようなことは排除し、絶対につぶさなければならない」

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「差別反対 女組」
 東京・新大久保の現場で通行人から「過激派同士の争い」、「どっちもどっち」と眉をひそめる通行人を見て、これはいけないとカウンターへの賛同を訴えるカードを配る。7月には東京の2会場で反差別パネル展「ヘイトスピーチと闘う市民たち‐」を開催して理解を求めた。

◆「現状知って」とパネル展

 三鷹市の国際基督教大学と新宿区立区民ギャラリーで各2日間、反差別パネル展「ヘイトスピーチと闘う人たち‐」を開催、合わせて669人の入場者を集めた。

 365人が訪れた新宿会場でアンケートを募ったところ、回答者124人のうち半数以上がカウンター未経験者だった。ヘイトスピーチの現場を知らない、または関心のない人たちに見てもらいたかったという山下歩さん(差別反対 女組代表)。来場者アンケートに確かな手応えを感じたという。

 国際基督教大の会場では動画で放送したヘイトスピーチデモを見た観覧者が、「ほんとうにやっているの」とつぶやいたきり言葉を失った。「この人たち、なんでこんなことをするの」とも聞かれた。「答えようがなかった。悪夢ですよね、私がそうだった」と山下さんは2年前を振り返った。

 ヘイトスピーチの現場を初めて映像で目にしたのは、ツイッターを始めたのがきっかけ。当時はマスメディアでは取り上げられていなかった。

 どういう団体なのか?「見なかった」ですますこともできたが、ずっと頭に引っかかったまま時間が過ぎた。当初、山下さんはそのときの感情を「怒り」と思っていた。やがて怒りとともに、そこはかとない「恐怖」が押し寄せてきた。「彼らが社会の多数派を占める声となっていったら、ナチスが台頭したころのドイツとなんら変わらなくなる」

 13年2月9日、ツイッターの呼びかけに応じ、抗議のプラカードを掲げて新大久保の路上に立った。抗議を重ねるうちに、山下さんは抑えようのない怒りにかられていた。気がつけばトラメガ(拡声器)を手に思いきり怒鳴りつけていた。

 しかし、一般市民にはコップの中の嵐でしかない。「カウンターは必要。ヘイトデモに怒っている人がいることを社会に認知してもらわなければ」と、「差別デモに反対しています」というカードを配るようになった。

 「叩き続けなければヘイトデモは止まらない」と、昨年は毎回のように新大久保に出動したが、怒りはエネルギーも消耗する。帰りには新大久保に少しでもお金を落とそうという仲間とともに、普段は立ち寄らないという韓国料理店でビールを傾けるようになった。プルコギや参鶏湯、チャプチェやチヂミなど、初めて食べるものばかりだったという。

 今回だけで終わらせず、各地で「反差別展」を開催していけたらと考えている。

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「差別反対東京アクション」
 ヘイトスピーチを規制する実効措置を東京都に求めて毎週月曜日夜、新宿の庁舎前でアピールを繰り返す。時間は19時から1時間余り。参加者は代わる代わるマイクを握り、都知事と職員に思いのたけをぶつける。4日に40回目を数えた。

◆「都は対策を」訴え続け

 「差別をやめろ、差別を許すな」。「差別反対東京アクション」の石野雅之さんが声を振り絞る。石野さんの後ろに控えたカウンターメンバーの唱和が続く。ときおり通行人が立ち止まり、耳を傾けたり、プラカードに目をやる。

 ここは新宿の都庁舎前歩道。街灯に照らされたメンバーの顔がかろうじて判別できる暗さのなかで「差別反対都庁前アピール」が始まった。

 ある在日同胞がマイクを握り、舛添要一知事に向けて訴えた。「もう限界。(ヘイトスピーチなど)聞きたくない。都内でやるのを止めてほしい。デモをやらせないでください」。石野さんもいらだちをぶつけた。「こんなこと市民にいつまでやらせるんだ」

 アピール行動はカウンター団体「男組」が「カウンター行動だけでなく、東京都に街宣をかけて止めさせよう」と提唱したのが始まり。第1回は13年10月14日、嵐の中、男組が取り仕切った。20人が参加した。第2回目以降は別個の団体が引き継いでいる。

 毎週月曜日、プラカードを持ったカウンターが集まる。アピール時間は19~20時のおおむね1時間ほど。ただし、発言の機会を待つ参加者は引きも切らず、30分は延長されるのが常だ。

 石野さんは「在日のメッセージが心に残りますね。当事者が自分の体験を話すのはつらいですよ。ほんとうは話しをさせたくないけど…。ここは抗議の場であり、僕らが在日から学ぶ場でもある」という。

 石野さんのカウンター歴は比較的浅い。13年6月30日、カウンター側が「大久保大包囲」の号令をかけたときが初めて。11年からユーチューブを通じて認知していたが、当時は「なんだこいつら、気持ち悪い。どうせ淘汰されるだろう」と軽く考えていたという。

 しかし、排外デモの現場を見てものの見方、考え方が変わった。なによりも年齢層が幅広いのに驚いた。石野さんは最愛の娘さん、そしてこれから生まれてくるであろう孫のことを頭に思い浮かべた。「こんなやつらが野放図にいられる社会を、娘や孫の世代に引き継がせたくない」

 石野さんは、「都が人種差別撤廃都市宣言を出すなど、なんらかの行動を起こすまではアピールを続けていく」という。

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「男組」
 「しばき隊」よりも過激な「非暴力超圧力の反差別団体」。「超圧力」とはぎりぎりまで圧力をかけること。「逮捕されたら負け」といいながらも、カウンターの現場ではつい行きすぎた行為で逮捕者を出している。埼玉県西川口、大阪の鶴橋まで遠征する。

◆過激がなんだ…差別は許せぬ

 高橋直輝さん率いる武闘派カウンター団体。高橋さん自身、これまでに3回逮捕された。昨年秋ごろまでは「逮捕上等」と広言してはばからなかったが、2回目の逮捕で実刑10カ月(執行猶予3年)となった昨年11月以降は「逮捕されたら負け」と考えを改めた。

 それだけに今年7月、昨年10月の案件で大阪府警に逮捕されたことだけは納得がいかないという。最終的には略式起訴となったが、検事も差別・排外扇動集団のビデオを見て「暴力は認められないが、男組のやっていることは決して間違っていない」と認めてくれたことがうれしいという。

 男組は「差別をなくそう、レイシストをぶっつぶそう」の一点だけで結びついている。考え方は右から左まで幅広い。ちなみに、高橋さん自身は「右翼」。高橋さんによれば、「本物の右翼は人種差別をしない」。

 高橋さんにはトラメガで怒鳴り立てる「しばき隊」の非暴力路線がどうにも生ぬるいと映った。「もっとやっちゃえばいいのに」とばかり、昨年9月には警備の注意をそらしてデモ隊に思いきり突進した。

 もちろん、その過激さゆえ、「やりすぎ」とほかのカウンター団体から白眼視されているのは知っている。しかし、高橋さんは「嫌われてなんぼ」とばかり意に介さない。

 「逮捕は必要だった。あえて新聞沙汰になることで、どっちもどっちと考えている一般市民の関心を呼び起こせた。差別扇動・排外主義デモの参加者も確実に減らせた」

 カウンターは、都が何んらかの差別条例を制定するまで続けるという。

(2014.8.15 民団新聞)

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